どうも、ゆうきんです。

メールをお読みいただきありがとうございます。


前回のメールでは、起業15年目の今、もし僕がすべてを失って2026年にゼロから起業するとしたら、15年前と同じことはたぶんやらない、という話を書きました。

前回のメールはこちら:
もう一度起業するとしたら、僕は何をするだろうか?


AIがあって、
広告も使えて、
自動化もできてしまって、、、

僕が起業した頃と比べれば、一人の人間が使える道具は比較にならないほど増えているのに、
僕らの働き方だけが「毎日自分が動かなければ売上が止まる」という15年前のままだとしたら、それは少し不思議なんじゃないか、と。


そして最後に、

AIによって誰でも80点くらいのものを作れるようになった結果、
むしろ以前より大きな差が生まれ始めている、

という話を予告しました。


今日は、前回のその続きを書いていこうと思います。


ただ、AIの話をする前に、500年以上前まで少し時を戻します。






1、500年前にも、一度「情報の価値」が壊れた



15世紀のヨーロッパで、グーテンベルクによる活版印刷技術が広がり始める以前、
本というものは今とは比較にならないほど貴重なものでした。

当然KindleもAmazonもありませんし、ChatGPTに質問すれば世界中の知識を数秒で整理してくれることもありません。

本を一冊複製するだけでも大変な時間と労力が必要で、
そもそも「情報にアクセスできること」自体に価値があった時代です。


ところが印刷技術が普及したことで、それまで限られた場所にしか存在しなかった文章や思想が、以前とは桁違いの速さと量で人々の間を移動するようになります。


ここで起きたのは、単純に「本がたくさん作れるようになって便利になりました」という話だけではなく、
情報を持っていること自体の希少性が、少しずつ失われていったってことです。


もちろん、印刷機ができた翌日にヨーロッパ中の人が突然賢くなったわけではありません。

文字を読めない人も多かったでしょうし、本自体も今の感覚でいえばまだまだ高価です。


それでも、「知識は一部の人間だけが所有するもの」という世界の構造が、そこから大きく動き始めたんです。

その後、宗教改革や科学革命をはじめ、色々な思想が以前では考えられない規模で広がっていくことになります。



これって、今起きているAI革命と結構似ていると思うんですよね。


少し前まで、

売れる文章を書ける。
デザインができる。
動画が作れる。
プログラムを書ける。
英語の情報を読める。
大量の資料を短時間で整理できる。

こういったことは、それぞれ一つの「能力」でした。

だから、できるだけでもある程度価値があった時代が長年ずっと続いていたんです。


でも今は、ChatGPTをはじめとしたAIにお願いすれば、専門家には及ばないとしても、多くの領域で普通の人が一瞬で「それなり」のところまで到達できます。


SNS投稿用の文章なんて特にそうです。


「女性起業家向けに、共感を入れて、PREP法で、最後にCTAを入れて、Instagram投稿を作ってください」

なんて簡単にそれっぽくお願いするだけでも、数秒後にはまぁ一応、一般的にはそれっぽくて読めるものは出てきます。

昔だったら、
「文章苦手なんです・・・」

と言っていた人でも、今はちゃんと日本語もそこまで不自然なく、論理も破綻しておらず、それなりに見栄えのいい文章を普通に発信できる。


これって、これまでの歴史から見ると完全なシンギュラリティの始まりで、とてつもなく大きな革命だと思いませんか?



ただ、

実はここには少し残念な側面もあります。


全員が80点を取れるようになった世界では、
80点を取れること自体には、ほとんど価値がなくなるからです。
(ただし使い方によっては50点くらいにもなるので、その差を埋めることには価値を創造できますが、これはまた別の機会に)


これをマーケティングの言葉では「コモディティ化」と呼んだりします。

簡単に言えば、以前は珍しかったものが当たり前になってしまい、それ自体では違いが生まれなくなる現象です。


例えば昔は、
「ホームページ作ってます!」

ってだけでも、それなりにちゃんとした会社に見えた時代がありました。

今そんなことを言われても、
「ほうほうそうですか~」

で終わっちゃいます。


スマホを持っていることにも、今は何のステータスもありません。

みんな持っているからです。


AIも同じです。


「ChatGPTを使っています」
「AIでそれなりの文章を書けます」
「AIでそれなりの画像を作れます」

これは2023年頃なら珍しかったかもしれませんが、2026年の今、それ自体はもう強みになりにくいです。


つまり、
AIによって能力差がなくなったのではなく、

「平均点を取る能力」の価値が急激に下がったってことです。


僕はこの解釈を踏まえてどう行動するかが、お金を生むために今の時代に求められる大事なことだと思っています。






2、全員が賢くなったのに、なぜ二極化はむしろ広がるのか?



さてさて、

ここからが面白いところです。


AIがこれだけ便利になれば、
普通に考えると全員の能力が上がり、

ビジネスの結果も平均化していきそうだとは思いませんか?


文章力の差も縮まり、知識量の差も縮まり、マーケティングを知らない人でもAIに聞けばそれなりに知ることができる。

だったら、売れる人と売れない人の差も小さくなりそうです。


でも、現実は決してそうなってはいません。



むしろ、AIを非常によく使っているのに売上が下がっている人もいれば、ほぼ同じAIを使っているのに、多少使うだけで以前では考えられなかったような結果を出す人もいる。

富める者とそうでない者の二極化は、今この瞬間にもどんどん広がり続けています。


それはなぜなのか。



僕は、AIによって「答えを作る力」が平等になればなるほど、
何を問うのか、何を選ぶのか、そして何を捨てるのか

の差が圧倒的に大きくなるからだと思っています。



AIは、
「Xの今日の分の投稿を10個作って」

と言えば10個作ってくれます。

でも、そもそも今のあなたがXで今日10投稿する必要があるのかどうかまでは、あなた自身という前提条件を考えないと分かりません。


「30万円の商品の構想を作って」

と言えば、商品案を考えてくれる。

でも、あなたの顧客にとって本当に30万円の商品が最適なのか、100万円にした方が双方にとって幸せなのか、逆に無料で届けた方が次に繋がるのか、そういう経営判断までAIが勝手に責任を持って決めてくれるわけではありません。


「売れるステップメールを作って」

と頼めば、雰囲気だけはそれらしいものはできます。

でも、そもそもあなたのビジネスにそのステップメールが最適なのか。

何通必要なのか?
その前に広告を使うのか?
SNS読者だけに届けるのか?
リアルタイムのプロモーションを行った後、ステップメールにするのか?
商品の価格はいくらなのか?
どんなコンセプトで、どんな人に届けるのか?

この辺りの条件が変われば、当然正解も変わります。



AIが優秀になればなるほど、
「何を作るか」

よりも、
「何を作らせるか」

の価値が高くなる。


もう一歩進めると、
AIに何をさせないかを決める力

の方が重要になるかもしれません。



僕はここが、今後非常に大きな分かれ道になると思っています。


例えば、自分の人生経験や価値観まで全部AIに丸投げして文章化させてしまうとしましょうか。

そうすると、

自分が何を大切にしたいのかもAIに聞く。
何を売るべきかもAIに決めてもらう。
誰に届けるべきかもAIに決めてもらう。

確かに文章としてはそれっぽく完成するでしょう。


でも、どんどん自分が透明人間のように薄くなってしまいます。

私は誰、君はどこ状態。



以前のメールでも少し書きましたが、ここ数年SNSを見渡していると、文章そのものは昔より一見それっぽくて上手そうな人が増えています。

でも不思議なことに、
「この人の文章だから読みたい」

と思うものは、むしろ減っているようにも感じませんか?


全員が綺麗になった結果、
全員が似てしまったから。



これはAIが悪いわけでは決してなくて、
包丁で美味しい料理も作れるし、人を傷つけることもできるように、結局AIは道具なので使い方次第ってことです。


ただ、道具が強力になればなるほど、使う側の人間が何を良いと感じ、何を嫌い、何を信じ、どんな未来を作りたいのかという「価値基準」が重要になる。


そういう意味では、
AI時代になればなるほど人間の部分が大事になる、
という少し不思議な逆転現象が起こると思っています。



そしてこれは、
単なるふわふわした精神論のレベルではなくて、
ビジネスや副業でも全く同じです。


誰に売るのか。
何を売るのか。
なぜその価格なのか。
どこから集めるのか。
何を最初に伝え、何を後から伝えるのか。
どこまで自動化して、どこから自分が関わるのか。


ここには「客観的に唯一正しいテンプレート」が存在しません。


100人の起業家がいたら、それぞれ持っている経験も、顧客も、商品も、強みも、性格も、生活、ライフステージも違うからです。


だから、AIでノウハウが簡単に手に入るようになった今、むしろ昔よりも

「自分の場合はどうするのか?」

を考える力が必要になってきた。



これは一見矛盾しています。


答えが簡単に手に入るようになったのに、
以前より答えを出すのが難しくなったので。


でも、決して矛盾にはならない。


選択肢が10個しかなかった時代なら、その中から選べばよかったのですが、

AIによって1000個の選択肢を一瞬で出せるようになったら、今度は「どれを選ばないか」という能力が必要になります。



便利になることと、簡単になることは、
実は同じではないんですよね。






3、これから価値が上がるのは、情報じゃないなら一体何なのか?



大切な話なので、一旦、活版印刷の話に戻ります。


印刷技術が発達した後も、
本がなくなったわけではありませんし
むしろ爆発的に増えたのですが、

ただ、
「本を持っている人」

だけでは、以前ほど特別ではなくなりました。


同じように、AIによって文章がなくなるわけでも、デザイナーが全員消えるわけでも、コンサルタントが必要なくなるわけでもないと思っています。

むしろ、能力あるこれらのプロの価値は著しく爆上がりしているのが現状です。


ただ、
「情報を知っているだけの人」
「それっぽい文章を作れるだけの人」
「テンプレートを持っているだけの人」

の価値は、著しく下がっていく。


では逆に、
何の価値が上がるでしょうか?


今から30秒程度で
あなたの答えを考えてみてくださいね。


・・・・


・・・・


・・・・



考えてみましたでしょうか?



考えたあなたにだけ
僕の考えを話していくと、

大きく言えば、

「その人だけの経験値、判断基準、思想」


だと思っています。


例えば、同じマーケティングの本を100冊読んだ人が二人いたとしても、二人が同じ結果を出すとは限りません。
むしろ全然違う結果になることの方が多い。

違いが生まれるのは、
その知識を目の前の顧客や自分のビジネスにどう当てはめるか、という部分だからです。


そして、この部分は実際にやった経験によって大きく変わります。


広告で何千万円も身銭を切ってきた人と、Meta広告についてAIに聞いて詳しくなった人では、同じ用語を知っていたとしても判断の精度と緻密さが全く違う。

うちでは恋愛やスピ関係の事業もやっていますが、
四柱推命や占星術、数秘術などを行った経験がなく流行りに乗ってスレッズなどでAI占い師をやっている人と、
そうでない場合の事業の強さは全く違います。


何百回もプロモーションをして、売れた時も売れなかった時も経験した人と、
「プロダクトローンチとは何ですか?」

とAIに聞いて30分勉強した人、YouTubeで見て知った気になってる人とでは、同じテンプレートを見ても見えているものは天と地ほど違います。


起業1年目と10年の人は売上に関わらず経験してきたことは全く違うし、
月10万円しか稼いだことがない人と、
月1000万円以上を稼いだことがある人の判断基準も起業家としての強さやしなやかさも全く違う。


ですので、

AIによって知識が簡単に手に入るようになった今、
経験の価値は逆に何倍にもグングン高くなると思っています。



そして思想も同じです。


人によっては、文章を書く時、文章の構造や表現をAIに相談することはあるかと思います。

極めて便利なので普段から使っている人は多いはずです。

でも、
「私は何を言うべきですか?」
「どういう価値観や考えを表現すべき?」

という、一番大事な部分まで丸投げはいかがなものか、と老婆心ながら思っております。


そこまで身を委ねてしまったら、
それはもはや誰のメルマガか分からなくなるからです。



文章というのは不思議なもので、論理が正しいだけでは心に残りません。

少しくらい言い回しが変でも、誤字があっても、その人が本当に経験してきたことや、悩んだこと、考え抜いてきたことが入っている文章の方が、ボディーブローのようにじわじわ残るものです。



僕は昔から、
情報発信って一種のアートだと思っています。


コンサルではよくピカソとゴッホの例を出して、
起業家として両方の要素を出しつつ

死後にやっと評価されたゴッホではなく
生前から大成功していたピカソの要素を強めましょうと
話すことはありますが、

情報発信をするなら売上も必要です。
というか必須。


売れたい気持ちがあるにも関わらず
売れない文章を書いて、

「これは芸術なんで」

とか言い始めたら、それはそれで少し面倒な人です。苦笑


でも、
売れることと、その人らしさが残っていることは、両立できます。


むしろAIによって平均的な文章が無限に創作できる時代になればなるほど、
そこを両立できる人の価値が高くなっていくと思っています。



だから僕は、
「AIを使うな」

とは全く思いませんし、
むしろ文章に自信がないなら使ってもいいです。


でも、AIによって100個できるようになったものを、100個やる必要はない。


AIによって文章が書けるようになったからこそ、何を書くのかを今まで以上に考える。

AIによって情報が簡単に集められるようになったからこそ、何を信じるのかを今まで以上に考える。

AIによって戦略案を100個作れるからこそ、その中で自分は何をやらないのかを決める。



そういう意味で、
これから強い人って、
「AIに詳しい人」

ではなく、
AIがあってもなくても、自分で物事を考えられる人

なんじゃないかと思っています。



そして、ここまで読んで、
「じゃあ結局、AI時代も努力して考え続けなきゃいけないんですかね?」

と思った方。


はい、残念ながらその通りです。笑


ただし、前回のメールでも書いたように、努力する場所は選べるようになりました。


全部自分で書く必要はない。
全部自分で作る必要もない。
全部自分で集客する必要もない。

AIや広告や仕組みに任せられるところは任せた方が、
人によっては時間的自由を作りながら結果に繋がります。


その代わり、
何を売るのか。

誰に届けるのか。

どんな世界を作りたいのか。

そして、
何を自分はやらないのか。


そこには、脳に汗をかく習慣をつけてじっくり時間を使った方が良いです。



そんな時代に、もう突入していると思っています。



その象徴として、僕自身が以前行ったある弊社プロモーションでも、これが極めて象徴された結果が出ました。


毎日SNSを更新したわけでもありません。
ライブ配信を何度もしたわけでもない。
顔出し動画を大量に作ったわけでもありません。


むしろ、これらは一切行わずに、
(むしろSNSは数年間更新完全0)

販売のために使ったのは、
メルマガでの「文章」のみですが、

それでも、
月5000万円超の売上になりました。



もちろん、

「僕を真似て文章を書けば月5000万円売れます、そのたった一つの秘訣はこれです!!」

という単純な話ではありませんし、
それはむしろ全く逆です。


その本質が分からず
文章だけを大事にしていたら、

決してこの結果は出ていません。


その答えは、

文章が売れるように、
あるものを構築していたからです。



次回は、ここを具体的にお話ししようと思います。


なぜ、

誰でも文章を書けるAI時代に、
昔ながらの文章を中心にして、
大きな売上を作ることができたのか。

そして、SNS投稿を頑張り続けなくても売上を作れる人と、
毎日発信しているのになぜか売れない人の間に、一体どんな違いがあるのか。


この辺りを、実際の裏側も交えながら書いてみます。


ではでは、
また次回をお楽しみに。






ゆうきん




PS.


今回、活版印刷の話を書きましたが、歴史を見ていると、
新しい技術が出てきた時って、毎回似たことが起こっているように感じます。


新しい道具が登場する。
みんなが飛びつく。
一部の人がそれを使って大成功する。

すると、
「この道具を使えば成功できるらしい!」

という話が広がる。


でもしばらくすると、道具自体はみんな使えるようになり、そこからまた差がつき始める。


インターネットも、SNSも、スマホも、似たような流れだったと思います。


なので今、
・AIを使って○○
・AI○○

という言葉が世の中に溢れているのを見ると、
皆がそれに飛びつきたくなる気持ちは分かりつつ、
個人的には、

「もうその一歩先を考えておいた方がいい時期に来ているんじゃないかなあ」

と思っていて、
ぽっと出ではなく長く売れてるクライアントほどその辺の嗅覚が優れています。


そうは言っても、

早すぎる逆張りは、
ただの変人になってしまうので要注意です。苦笑

でも逆に、みんなが気付いてから動いたら遅いんですよね。


この間くらいが一番面白くて、
情報発信をするならここがドンピシャにはまれば一気に売上が伸びます。


クライアントであり業界の実力者から最近言われたことで、

僕のクライアントが結果し続けるのは、
そういった時代を俯瞰し続けた上でのコンサルを受けてるからですねって言っていただくことがあり恐縮なのですが、

そういった見えない流れを視るのが、
僕は昔から好きなんだと思います。



それでは!